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ワタタツの日記!

2010 年 11 月 13 日 (土)

黄金原本更新

ああ iOS 4.2 の iPad 用 GM こと黄金原本は更新されたのか。 8C134b となったよ。さあさあどうぞ! いつでもどうぞ!!

【もはや最短理解でもなんでもない】なぜ5×3ではなく3×5なのか - 跡地

今初めてここに来られた方へ。

この記事を読む価値はありません。 もはや逆の順序で書いたものを間違いとすること (というより立式のみで考え方を判断すること)は間違いと思っています。 この記事を読むと時間の無駄になると思われますので、黒木玄先生のまとめをおすすめいたします。

以下跡地

この記事では、そういえば掛け算にはそんなルールがあったな などでよく話題に上がっていること、「なぜ5×3ではなく3×5と立式しないと×とされているのか」を最短で理解することを目指しますもはや最短で理解する記事でもなんでもない記事になってきてます。

この話は「小学校2年生で最初に習う一番素朴なかけ算 (同数累加)」の学習過程だということをまず頭に入れてからお読み下さい。 上に最短理解の説明、下に行くにつれて補足的な説明を書いたつもりです。←全然なってませんすみません。

追記: 何も考えず脊髄反射することを批判する部分は取り下げました。すみませんでした。考えて下さった方を批判したいわけではありません。

追記: 「導入としてその順で教えてもいいが、かといって逆に書いたら間違いとするのは間違い」だという意見について。結局自分自身はその通りだと思いました。Twitter 上では明確に間違っていると発言している部分があります。訂正いたします。Togetter はもう訂正できないのでさらし首です。市中ならぬネット中引き回しの上打ち首獄門です。

追記: 状況説明ではなく、自分の意見があちこちばらばらに書かれているのも読みにくい原因だなあと思います。

追記: ばつが全否定だと受け取られているご意見が多いです。自分自身はそうは思っていません。でも実際に有無を言わさずばつとするようなどうにもならない指導もあるという話です。そういうのは不適切と思ってます。

追記: たくさんの反響をありがとうございます。言葉足らずな所、取り扱っていない議題、変なところなど不十分な記事だと思います。扱うべき議題、補足すべきことなどなど、是非ともみなさんの力を貸してください。 大幅書き直し中です。読みづらくてすみません。

かけ算の定義

小学校2年生で最初に習うかけ算の定義から復習しましょう。

追記: ここがさっぱりうまくかけていない。定義と書いていますが、もちろん逆でも正しく定義できるし、最重要な1つ分といくつ分という概念を見いださせるための練習のための指導法の一つであって、いわばローカルルール、全く絶対的順番なわけでもなく、世界共通の固定されたものではないこと。大事なのは1つ分など概念を見いだす力です。ただ、記号を導入するときには m を n 個足すことの略記として m×n か n×m のどちらかのことだと始めることになります。もちろんこの素朴な最初の同数累加のままその後のすべてのかけ算をつっぱしるわけではない。

かけ算の定義
(かけられる数)×(かける数)
かけられる数
「1つ分の数」。元になるひとかたまりの量です。
かける数
「いくつ分」。元になるひとかたまりの量がいくつあるか。

かけ算という考え方はまさに「1つ分の数がいくつ分ある」という日本語の文をそのまま式に表したものです*1。「いくつ分ある、1つ分の数がね。」という不自然な倒置法ではありません。

このページの問題の場合

ここで挙げられている問題では、5枚の皿にりんごがそれぞれ3個ずつのせられており、りんごの総数を聞いています。 この場合、

かけられる数1つ分の数1皿分のりんごの数のこと3
かける数それがいくつ分?それが何皿5

と考えると、立式が 3×5 となります。 注意: 後で書くように1つ分を「それぞれの皿に1個ずつりんごを置いていくという置き方」だと見た場合、1つ分の数を 5 とそれがいくつ分かを 3 と考えられます。これを「定義」になっていないという意見がありますが、ひとかたまりを何と設定するかがいろいろな見方が出来るだけでひとかたまりがいくつという定義が定義になってないわけではありません。

結局何をテストしているの?

結局確かめたいのは、かけられる数(1つ分の数)がどれで、かける数(いくつ分)がどれと見いだせるかどうかを見いだして式を立てられるかどうかです。

2年生でかけ算を習う段階では、「なにがいくつ分ある」というかけ算の元々の意味をきちんと理解した上で式が立てられることと、数の計算の上で可換性があることを知っていて計算に使うことは別だと理解しているか確認するのがこのようなテストです。何が定義で何が定理なのかを曖昧にしたままでは、かけ算という人類の獲得した知性のアイディアをきちんと味わえません。そのへんがもうすっかりわかってしまった我々大人は、もはや最初から逆にした式を書いて計算しても問題なく我々の自分たちの答えに到達できるわけです。

あくまでも立式に意味があり、それはかけ算の意味を表現できることで、そこをチェックしているのが立式の採点部分ですね。←次の追記を

追記: 遠山啓を勉強せよというコメントをいただいたので本を読んだりしてみたのですが、http://blogs.yahoo.co.jp/satsuki_327/33805606.html にとても興味深い記事がありました。 「「1あたりの数はいくつですか」と問うのが一番良い。」というところ。 1あたりの数が聞きたいんなら、立式で問うのではなく、1あたりの数をずばり聞くのがいいだろうという指摘です。 なるほどと思います。 立式で表現することをやめるべきかどうかは考えないといけないですね。

何が定義で何が定理なのか

5×3と立式することと、3×5 を立式した後で数の性質から 3×5=5×3 とした場合とは全く違うことがわかるでしょうか。

つまり立式はかけ算の定義からなされることです。 その瞬間、単位がとれ、抽象的な数の世界に入ります。この自然数や実数の世界ではかけ算が可換で、自由に順番を入れ換えられますが、それは紛れもなく数に関する定理です。定義からいきなり可換なわけではありません。 自然数の世界に持ち込んだらもはや可換ですから、好きなように順番を入れ換えて計算しても正しいです。好きなように計算して答えが手に入ったらその意味を考えて、単位をつけて最初の問題の答えとなるのです。数の世界からその文章問題の世界にまた戻ってきたのです。

このようにかけ算本来の意味、かけ算の定義がわかっているかどうかがこの問題の立式で問われていることです。(追記: 立式で問うべきではないという意見) 「何がいくつ分」という最初のかけ算のアイディアが身についているかどうかです。 その理解がテストしたいところですから、5×3を正解にするわけにはいきませんね。(追記: 意味がわかっていると確認できれば○という指導がされているそうですが、それは立式で問うべきではないという意見には依然として不適切な指導となります)

じゃあその定義の順番は妥当なの?

箇条書き推敲

  • 確認したいのは、何が1つ分の数なのかいくつ分の数なのかを理解しているか
    • 「「1あたりの数」が何かを見いだす能力なんか必要ない、そんな力は持ってないけど自分は物理も数学も出来る、そんな力をつけるなんてオカルトだ」と言われてしまいました。順番に反論があるのがあるのはいいとしても、1あたりの数自体の概念をオカルトだと反論されるとは思いませんでした。
  • その順番のルールはローカルルールでしょう
    • そうそう。別に逆に表記すると定義してもいいし。上下に書くと定義してもいい。矢印でこれが1つあたりの数と説明書きをかく流儀なんかも創作できます。
  • その表記は強制じゃないか?
    • ある意味強制ですよね (ワトーさんの指摘の通り。そう思います。この順番をこう定義することを人類の英知と言っているわけではないです)
    • 一部の天才を除き、なかなか小学2年生で全てをわかった上でどんどん思考し計算することはできない
    • ほとんどの子どもに対して、まずはこの方法でかけられる数とかける数を見いだして立式してみましょうという補助のためのレールを敷いている作業です。多くの方がおっしゃる通りこの順番で定義したことは、それらを見いだす訓練・練習をさせているのだと思います。
  • で、それ以外の立式が×なの?
    • いいえ。指導事例: そういう答案があったら説明させる→説明できなければ×。説明できれば正解 (例えば「5枚の皿に1個ずつりんごを置く作業」を3回(3巡)したら5×3としたと説明できたら○)
    • そういう指導ができない先生は本当に批判されるべき、いけない先生だと思います
    • この画像からはそういう前後の指導が見えにくいため、批判につながっているのではないか。実際は現場では理解を確認している。計算のみではなく考え方も大事にしている。
    • 3kgの犬5匹と5kgの犬3匹では事象が違う。でも全体重が同じ。この違いによって1当たりの数といくつ分の設定が違ってくることを押さえる。

参考文献

追記

以下もひどい推敲途中ですすみません

以下、たくさん補足しないといけないなあ書かないといけない気がすることメモメモ

  • 結局定義をどちらにしてもいいじゃんについて
  • 立式の意味
  • 理解していることをどう伝える?
  • 「5枚の皿に1個ずつりんごを置く作業」を3回(3巡)したら5×3なんじゃないの、だから×とは限らないじゃないんじゃないのについて

そうです。「5枚の皿に1個ずつりんごを置く作業」を3回(3巡)したら5×3なんじゃないの、は「はい」です。

その場合、かけられる数 = 1あたりの量は「5枚の皿に1個ずつりんごを置く作業」ですから 5 です。

これは普通に皿にあるものを1かたまりと見ずに、トランプを配るような置き方を1かたまりと見るという、さらに抽象概念を持ちだしてきています。 そのような児童がいた場合、目の付け所がすばらしく自分ならばむしろほめるべきだと思います。 そこで有無を言わさずそんな考え方は存在しないという教員がいたらそれはだめです。

「じゃあ×の採点はその可能性の否定なんじゃないの」という疑問はもっともだと思います。

しかし、なにやら×の採点が、その前の授業もその後のサポートも全くなしの、素っ気ない機械的採点だと思われている方が多い気がします。 実際には現場ではその前の授業も行われているし、テストで理解してないところのサポートもされているはずです。

実際にはそこで採点せずに、意味を説明させて意味を理解していたら○をする指導がされていると聞きました。(←これにも批判がある。3×5 は正しく考えたかどうか確認できるのか?という反論。確かに。) 大学では意味を理解している子どももいるから、ちゃんと聞かないといけないと習ったそうです。

  • 英語だと語順が逆なので日本語の定義と逆ですが、これは日本の算数の授業の話なので日本語の語順で定義されるということ
  • 1つ分の数を意識することの重要性
  • 書きかけ

はてブにもいろいろな有用さのレンジでコメントされてます。 これを読まれた方の会話でもさらに深まりました。 そして追記・書き直しの必要性もひしひしと感じます。

*1 英語の文ではいくつ分という意味の n times が前につきますので逆なんです。日本語では「〜がいくつ分」「〜の何倍」という風に後ろから乗数をかけます。だからといって日本の算数の授業で立式から逆にしたものを混同して導入していいという理由にはなりませんが、面白いですね。まさに数学は言語だということです。←なぜかこれが冒涜だと言われている。しかも理由は英語だと times を使うのが多いが逆の言い方もあるというもの。当然日本語でも自然な語順の他に入れ換えた言い方ができるのに、なぜか英語だけどちらの言い方もできる、素敵だと主張されている。

たくさんの反響ありがとうございます

上の記事について、あちこちでたくさんの反響をいただき大変ありがとうございます。 少なくともみなさんがこの問題についていろいろに考えるきっかけになってとてもよかったと思います。

上の記事は、書いてある通り、「そもそも×とする採点が何を意図しているのか」の段階が理解できていない人向けの最短理解を目指して書きました(最短といいながら当初の想像より長くなってしまったのですが)。 したがって、その段階を理解されている方にとっては、さらに扱うべきと思われる議論がない不十分な記事です。 扱うべき議題、補足すべきこと変なところなどなど、是非ともみなさんの力を貸してください。引き続き議論すべき論点を洗い出していただければ幸いです。 みんなでよい算数教育の世界を議論しましょう!

とはいえ、これは大変ですね。 アルファブロガの人はどうしているんだろう。 コメントにひとつひとつそこはこうだからこうですと答えることはしてないのかなあ。適当にかいつまんで答えたり本文に追記したりしているのかなあ。

追記もだらだらやるのではなくて記事を分割した方が読みやすいですよねえ。うーむ。

さらに追記: もはや片手間ではやりとり出来ないほどになってしまいました。一旦このままにしておいて、自分の醜態をさらすことにいたします。みなさんたくさんのいろいろなご意見、ありがとうございました。